インタビュー
子どもの貧困
教育格差
キッズドアの広告ができるまで ── ACジャパン広告制作スタッフインタビュー
このたび、キッズドアは公益社団法人ACジャパン(以下、ACジャパン)が実施する2024年度の支援キャンペーンに採択されました。このキャンペーンは、公共福祉活動に取り組む非営利団体を対象に、ACジャパンが広告を通じてその活動を支援するものです。
キッズドアの広告は、全国のACジャパン会員広告会社から寄せられた多数の企画案の中から、入念な審査を経て選ばれました。そして、最終的に採用されたのは、株式会社読売広告社(以下、読売広告社)による『スタートライン』という企画です。
この広告は、2024年7月から1年間、全国のテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、そして電車内の中吊り広告など、様々なメディアで放送・掲載される予定です。すでに多くの方々から広告への共感やキッズドアへの応援の声が寄せられており、その反響に私達は心から感謝しています。
今回、この広告を企画・制作してくださった読売広告社の菊川晴子さん、野村葉菜さん、上野涼さん、児玉夢雅さんの4名に、企画の背景や、作品に込めた想いについてお話をうかがいました。
※内容は取材当時(2024年8月時点)のもので、読みやすい体裁にするため一部文章を整えています。
キッズドアの広告を企画・制作してくださった読売広告社の皆さん
左から上野涼さん、野村葉菜さん、児玉夢雅さん、菊川晴子さん
「この問題は、みんなに伝えるべきだと思いました」
━ このたびは、キッズドアの広告を制作していただき、ありがとうございました。ACジャパンが支援する団体が数多くある中で、なぜキッズドアを選んで提案してくださったのでしょうか?
野村さん
私達の広告業界では、公募に参加する機会が比較的多くあります。この4人も、直近の公募で一緒にチームを組んでいて、今回も同じメンバーで挑戦することになりました。話し合いを進める中で、自然と「キッズドアにしよう!」と全員の意見が一致しました。
菊川さん
私達は共通して「どうすれば人はより良く生きられるのか」というテーマに深い関心を持っています。だからこそ、キッズドアの活動に心を動かされ、「ぜひキッズドアの企画を提案したい」と社内で手を挙げました。
児玉さん
僕は、貧困状態にある子ども達への食料支援活動については知っていましたが、学習支援や教育格差の問題についてはあまり知りませんでした。まだ日本にも、僕と同じようにこの問題を知らない人が多いと思ったので、きちんとした形で伝えることができれば、多くの人に気づきを与えられるのではないかと感じました。
━ キッズドアが取り組んでいる課題や活動を知ったとき、どのように感じましたか?
上野さん
貧困状態にある子ども達が、部活動の道具や勉強に必要な教材が買えなかったり、他の子ども達と同じように塾に通えなかったりする現実を知ったとき、とてもショックを受けました。私達が当たり前にできていたことが、彼らにとってはそうではない。その厳しい現実に触れて、胸が痛くなりました。この問題は、もっと多くの人に知ってもらうべきだと強く感じました。
野村さん
例えば、小学生が旅行に行けない状況を想像すると、最初は「大したことではない」と思うかもしれません。でも、自分がその子の立場だったらどう感じるのかを考えると、「それはきっと辛いことだな」と思いました。私達が感じたこの『子どもの立場に立って感じたこと』は、キッズドアが伝えようとしているメッセージとも重なっていると思いました。
菊川さん
キッズドアの『貧困の連鎖』に関する資料を見て、貧困が世代を超えて引き継がれてしまうという現実に気付かされました。そして、今現在自分の収入がない子ども達にとって、その子が貧困から抜け出すためにできることは、「勉強を頑張ること」だと理解しました。だからこそ、その学びを支えることがとても大切だと強く感じました。
「周りの子と前提が違うという点に発見を作る」
━ 提案のための企画づくりの段階では、どのようにコンセプトを作っていったのでしょうか?
野村さん
まず最初に、貧困による教育格差という社会課題を知らない人には、「頑張れば何とかなる」「それは怠けてるだけじゃないの?」と思うかもしれないと感じたんです。
上野さん
「塾に行けない」と聞いても、塾は必ずしも必要ではなく、プラスアルファの贅沢なものだと思われがちですよね。もしかすると、広告を見た人の中には、「自分は塾に行かずに頑張ったし」みたいな感想を持つ人もいるかもしれないと思いました。
児玉さん
そもそも、この問題は子どもの自己責任ではなくて、本人の努力に関係なく、頑張る機会すら与えられていない状況なんです。どうすれば、そのニュアンスを分かりやすく伝えられるか、ずっと考えていました。
上野さん
さらに、キッズドアが提供している価値は何だろう、ということも突き詰めて考えました。頑張ることができるチャンスすらない子ども達に、まずは他の子ども達と同じように頑張るチャンスがある状態にしてあげているのがキッズドアの役割なのではないかと感じました。
野村さん
「周りの子と前提が違うという点に発見を作ることがキーポイントだよね」という話をしている中で、「スタートラインが違う」という切り口が生まれてきたと記憶しています。この「スタートライン」という言葉は、渡辺理事長のインタビューでも出てきた言葉でしたが、単に学校の運動会を連想させるイメージだと、この教育の問題をしっかり伝えられないよね、と話し合っていました。
菊川さん
その時、ある日上野が「こういうことなんじゃないかな」と言って、ノートの罫線を使ってスタートラインを表現したイラストを描いてきてくれたんです。その瞬間、「これだっ!」と全員が感じて、そこからこのコンセプトの土台が生まれました。
ノートの罫線を使ってスタートラインが違うことを表現したシーン
「悲しさだけを伝える表現では真意は伝わらない」
━ 「スタートライン」というコンセプトの他に、企画段階から意識していたことは何ですか?
上野さん
渡辺理事長のインタビューの中で、「うちはお金がないからもういいんです」と、子どもが諦めの言葉を口にする話がありました。そのエピソードを知った時、そう言わざるを得ない子どもたちが抱える悲しい心情を、しっかり表現したいと思いました。
野村さん
「塾に行けない子ども」を考えたとき、勉強という競争の中で、周りの子ども達が走っている中、一人だけ歩いている子どもをイメージする人もいるかもしれません。そんな光景を見て、「怠けている」と捉える人もいるかもしれません。でも、実際はそうではないということを一目で伝えるために、途中で立ち止まって諦めてしまいそうな子どものシーンを取り入れました。その子が今直面しているのは単なる「教育格差」ではなく、将来に対する希望すらも変えてしまう問題であることを、少しでも感じ取ってもらえたらと思いました。
上野さん
さらに、この広告を見た人が「かわいそうだね」「そんな社会課題があるんだね」で終わらず、「何かしなくちゃ」という気持ちを持ってもらえるようにするには、どんな表現が必要かを深く考えました。
菊川さん
実は、何度も打ち合わせを重ね、厳しい現実に触れるたびに、私達も悲しい気持ちになりました。しかし、ただ悲しさを伝えるだけでは、私達が本当に伝えたいことは届かないのではないかと感じたんです。それよりも、「キッズドアがあることで、子ども達がいい未来に向かって進んでいるんだ」というポジティブなメッセージをしっかり伝える表現にすることが大切だと考え、その方向性で企画を進めていきました。
途中で立ち止まって諦めてしまいそうな子どものシーン
「課題を正しく説明する以上に、まず心を引きつけることが大事」
━ 企画が採用された後、広告の制作過程で難しかった点はありましたか?
菊川さん
伝えたいことが多すぎて、ナレーションをどうまとめるかかなり悩みました。どうしても子どもの気持ちをしっかり伝えるセリフを入れたい一方で、キッズドアの活動内容もしっかり説明しなければならない。そのいい塩梅を探るのが一番大変でした。
野村さん
子どもの心情をしっかりと伝えるために、映像表現に工夫を加えた部分が当初から大きく変わったところです。視聴者に感情移入してもらえるよう、視点がより深く入り込む表現を取り入れました。
児玉さん
イラストレーターの選定についても、ノートの上に人がいるというこの世界観をどう表現したら一番伝わるかを模索しました。子どもの気持ちをある程度悲しそうに描かないと、支援の必要性が伝わらない。でも逆に悲しさを強調しすぎても駄目だと思いました。
そこで、「ひょっとしたら、あの子もそうかな?」「この子は今どういう気持ちなんだろうと?」と、視聴者が自分の近くにいる子どもに投影して共感できるように、シンプルだけれども表情や雰囲気が伝わるイラストレーターさんにお願いしました。
野村さん
社会課題を伝えることは大事ですが、なかなか関心を持ってもらうのが難しいのも現実です。「ちょっと見てみようかな」と思わせる入口をどう作るか、それが広告の役割だと感じました。だから、課題を正しく説明する以上に、まずは視聴者の心を引き付けることが大事だと思ったんです。そんな中、制作監督の発案で挑戦的な音楽を使うことを提案しました。普段この問題に目を向けていない人にも響くよう、ビート感のある曲を取り入れて関心を引くことにしました。
菊川さん
制作監督さんとイラストレーターさんに今回の企画を説明したとき、「これは伝えなきゃいけないことだ」と共感してくれたのが、とても大きかったですね。チーム全員が一丸となって取り組むことができました。
子どもの心情をしっかりと伝えるため取り入れた視点がより深く入り込むシーン
「大切な社会課題には人を一つにする力がある」
━ この広告が完成した時の想いをお聞かせください。7月から実際に全国展開し始めましたが、反響はありましたか?
上野さん
この仕事は、自分がゼロから作り上げた初めてのプロジェクトだったので、両親や会社の友人がとても喜んでくれました。
野村さん
知人から「伝えるのが難しい大事な問題だけど、柔らかい表現で目を引いたよ」とか「心が動いた」といったコメントをたくさんいただきました。私達が届けたかったメッセージがちゃんと伝わっているんだな、と実感できました。
菊川さん
SNSでは「自分も同じような境遇にいたので、すごくいいなと思った」というラジオでCMを聞いた方のコメントも見つけました。音だけでも「スタートラインが違う」というコンセプトが伝わったことが分かって、とても感激しました。特に、元当事者の方に評価してもらえたことが本当に嬉しかったです。
児玉さん
この広告は、僕達4人だけでなく、制作スタッフ、キッズドアやACジャパンの皆さん全員が一つのチームとなって、教育格差の問題をどう世間に伝えるかを純粋に考え続けて出来上がったものです。制作過程を通して、「大切な社会課題には人を一つにする力がある」という発見がありました。それが今回の広告に表れていると思います。
プロフィール
編集後記
皆さんのお話をうかがい、教育格差について深く理解してくださったのが伝わってきました。キッズドアにとって、頼もしい味方を得たような心強さを感じています。
8月に開催した勉強合宿で都内に来たある生徒が、「キッズドアの広告を見つけたよ!」と帰宅途中に写真を撮って、興奮しながら担当職員に送ってくれました。様々な場所でキッズドアの広告に触れた生徒達は、きっと勇気づけられていることでしょう。
ACジャパンならびに読売広告社の皆様、このたびはキッズドアの広告を企画・制作していただき、心より感謝申し上げます。
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