インタビュー
ひとり親世帯の貧困
簿記を武器に、貧困の連鎖を断ち切る――学びが変えるお母さん達の未来
キッズドア・ファミリーサポートは2023年度より、困窮子育て家庭の保護者に対する就労支援の一環として、「簿記3級資格取得&就転職チャレンジ・プログラム」を実施しています。この取り組みは、CPAエクセレントパートナーズ株式会社(以下、CPA)のご協賛により実現しました。
このプログラムでは、簿記や会計ファイナンスを学べるeラーニングサービス「CPAラーニング」や、テキスト、受験費用などをご提供いただき、受講者は無料で日商簿記3級の資格取得を目指すことができます。また、資格取得後の就職・転職を見据えた情報提供やキャリア支援も行っています。
2024年度の第2期を終えた今、これまでの取り組みとその成果、そして今後の展望について、CPA取締役・飯塚祐司さんと、キッズドア理事長・渡辺由美子が語り合いました。
※内容は取材当時(2025年5月時点)のものです。

飯塚祐司さん(右)
CPAエクセレントパートナーズ株式会社 取締役。高校教員を10年以上務めた後、2017年入社。「CPAラーニング」(e-learning)「CPAジョブズ」(求人サイト)の新規事業責任者、組織全体の営業統括などを担当。公認会計士や簿記をはじめとした「会計ファイナンス教育」を啓蒙するため大学や高校などの講演活動も行っている。
渡辺由美子(左)
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なぜ就労支援が必要なのか
キッズドア 渡辺
キッズドアはもともと、経済的に困難な状況にある子どもへの学習支援を目的に始まった団体ですが、コロナ禍で保護者から「子どもにご飯を食べさせられない」という声が届くようになりました。多くが非正規で働く母子家庭なので、外出できないと収入がゼロになってしまう状況だったんです。中には「家賃が払えないので、子連れホームレスになるかもしれない」と話すお母さんもいらっしゃいました。
まずは食料支援を行ったんですが、それだけでは根本的な解決にならず、保護者が収入を得られるようになることが重要だと感じて、手探りで就労支援を始めました。そんな中、CPAさんから簿記の資格取得を支援するプログラムのお話をいただいたんです。
CPA 飯塚さん
ちょうどCPA代表の国見が渡辺さんとお会いした頃、私が担当する「CPAラーニング」という簿記などをオンラインで学べるサービスが立ち上がりました。
今回このサービスを通して経済的に困窮する家庭の保護者を支援することで、CPAが掲げる「人の可能性を広げ、人生を豊かにする応援をします」というミッションを実現できると思いました。目の前の生活に精一杯なお母さん達が、このプログラムをきっかけに将来を考える時間を持って、可能性を広げられるようになればと願っています。
実は私も母子家庭で育ち、母が30歳のときに簿記2級を取って働きながら私を育ててくれました。この話をいただいたときは「まさに自分のための仕事だ」と感じ、前向きに関わらせていただいています。

時間も場所も選ばない、オンライン学習が広げた可能性
キッズドア 渡辺
ひとり親で、働きながら、勉強もして、家事も育児もこなすのは本当に大変ですよね。でもこのプログラムは、時間に縛られず、自宅にいながらすべてオンラインで学べるのが大きな魅力。第1期・第2期ともに、本当にたくさんのお申し込みをいただきました。
勉強が挫けそうなときも、オンラインで個別セッションをしていただいたおかげで、多くの方が最後まで取り組むことができました。これまでさまざまな就労支援を行ってきましたが、受講者の約半数が実際に受験までたどり着いたのは、本当に素晴らしい成果です。そして、約2割の方が資格を取得することができました。本当に意義のあるプログラムだと感じています。
CPA 飯塚さん
第2期では、想像以上のスピードで2級まで合格された方がいて、しかも満点だったと聞いて、本当に驚きました。
そもそも、簿記そのものを知らない方が多くて、どこで役に立つのか、どれほど求められているのかを知らないんですよね。だからこそ、簿記を知る“きっかけ”ってとても大切だと思っています。実際にやってみると意外と面白いので、向いている方はきっとたくさんいるはずです。
キッズドア 渡辺
特に女性は「数字が苦手」と感じて簿記を敬遠しがちですが、日々の生活で家計を管理している方にとっては、実はとても相性のいい資格だと思います。そういった視点がもっと広まって、資格取得にチャレンジするきっかけになるといいですね。
なぜ簿記の資格取得が就労支援につながるのか
CPA 飯塚さん
簿記は「ポータブルスキル」とも言われていて、地域や業界を問わず、会計が必要とされる場面って本当に多いんです。だからこそ、どこでも活かせるエッセンスが詰まった資格だと思います。
採用時に応募条件になりやすい資格ですし、将来的に管理職などを目指す際にも会計の知識は必要になってきます。そういった意味でも、女性が長く活躍していくために、簿記はとても有効だと感じています。私の母も60代ですが、今も経理として第一線で働き続けています。
そして何より、簿記のスキルがあればフルリモートで働ける職種にも就けるので、お母さん達が家庭と両立しながら、正社員になって収入を得る手段として非常にフィットする資格だと思います。
キッズドア 渡辺
実際に、このプログラムで資格を取得した受講者から「経理職に正社員として転職できて、今は在宅で働いています」という声も届いています。簿記を学んだことで働き方の選択肢が広がったんですよね。多くのお母さん達が、資格を持つことの大切さを実感されたと思います。

簿記の学びがもたらした暮らしの変化
キッズドア 渡辺
2期の受講者アンケートでは、就労している方のうち非正規雇用の割合が、受講前は5割だったのに対し、受講後は約3割に減っていました。さらに、「去年と比べて生活が向上している」と答えた方の割合も、23ポイント増えて約3割になったんです(※1)。
チャンスがあるだけで、人ってこんなに変わることができるんだなと思いました。これまでは「頑張って!」と声をかけるだけで、肝心のチャンスをきちんと届けられていなかったのかもしれないと、改めて感じました。
このプログラムを通じて、たくさんのポジティブな変化が生まれていて、「全然勉強していなかった受験生の息子が、一緒に勉強してくれた」「受験前には子ども達が家事や炊事をかって出てくれて、成長を感じた」など、子どもへの良い影響を教えてくださる方も多くいらっしゃいました。お母さんが自分の将来のために勉強している姿を、子ども達はちゃんと見ていて、応援してくれるんですよね。
CPA 飯塚さん
実際に、参加者のお母さんと一対一で就職の相談をしているときに、お子さんが隣に座って、お母さんの“仕事の相談”を一緒に真剣に聞いている場面がありました。その姿を見て、間接的に子ども達にも良い影響が届いているかもしれないと気づきました。

「もう一度挑戦したい」と思えた——お母さん達の内なる変化
キッズドア 渡辺
印象的だったのは、試験に不合格だった方の9割が「もう一度チャレンジしたい」と答えてくれたことです。挑戦をやめない気持ちが芽生えているのが、本当にすごいなと思いました。それはきっと、「私にもできるかもしれない」と思えるようになったからだと思います。プログラムを通じて、お母さん達の自己肯定感が少しずつ育っているのを感じました。
アンケートのコメントで、「長らく自分のために何かをするなんて忘れていた」と書いてくれた方もいました。子どものため、家計のためにずっと働き続けて、自分のことは後回しにしてきたお母さん達が、「もう一度勉強してみたい」「本当は学ぶことが好きだった」と、自分自身を取り戻すような時間になっていたんだと思います。
CPA 飯塚さん
本当にそうですね。お母さん達はどうしても目の前の日々の生活で精一杯なので、将来のキャリアを具体的に思い描くのは難しいと思います。でも、簿記に合格した方と就職の相談をしていると、「自分はこうなりたい」というゴールをしっかり描けている方も多くて、そういう方ほど勉強を続けて、しっかり成果を出している印象があります。最初の段階で「自分はどんなふうに働きたいか」というイメージを持てると、プログラムの効果がより大きくなると感じています。
キッズドア 渡辺
このプログラムもいよいよ3期目に入り、少しずつ「こういう人が、こう変わった」という具体的な事例が積み上がってきました。そうした事例が増えていくことで、「資格を取れば、私にもこんな道が開けるかもしれない」と気づくお母さんが、きっともっと増えていくと思います。そうやって、自分の未来に確信を持てたとき、人は本来の力を発揮できるんだと感じています。
お母さんの努力が報われる社会に——持続可能なキャリア支援へ
CPA 飯塚さん
私達としては、頑張ったお母さん達の就職先をしっかり確保することが大きな目標のひとつです。実際、今は経理人材が不足していたり、会計事務所でも人手が足りていなかったりと、企業側にも課題があります。ただ、受講者の住んでいる地域に求人がなかったり、フルリモートの求人が限られていたりする現状もあるので、これからは、頑張った方がちゃんと働ける場所を私達が用意していきたいと思っています。今のうちから「学んだ先に仕事がある」という状態をつくり、お母さん達に「安心して頑張ってください」と伝えられる環境を整えていきたいです。
キッズドア 渡辺
そうですね。お母さん達にとっても「私の席がそこにある」と思えたら、さらに前向きに取り組めると思います。しっかりとした教育を受けて、力をつけて、資格を取った方が企業で活躍することは、その地域や日本全体にとっても、とても良いことだと思います。
CPA 飯塚さん
このプログラムを通じてさらに目指したいのは、合格や就職で終わるのではなく、その先のキャリアアップまで見据えた支援です。簿記の知識に加えて、少しでも会計ソフトが使えるようになれば、在宅で子育てと両立しながら働ける可能性がさらに高まります。だからこそ、頑張ったお母さん達がちゃんと報われる社会をつくりたいですし、企業側にも、こうした人材がいることをもっと知ってもらいたいと思っています。
それに、お母さんの姿を見た子どもが「自分も頑張ってみよう」と思えるような、良い連鎖が生まれてほしいという願いもあります。企業がその循環に何らかの形でバックアップしていただける仕組みをつくっていけたら、本当に素敵だなと思います。こうした取り組みが一度きりの「点」で終わるのではなく、「線」として未来へつながっていくことを願っています。
(※1) 受講前(n=100)および受講後(n=90)のアンケート結果に基づいており、同一対象者による厳密な追跡調査ではないため、数値は参考値としてご覧ください。
- 第2期の簿記3級合格者インタビュー記事
https://kidsdoor.net/news/news/20250310.html - CPAエクセレントパートナーズ株式会社
https://cpa-excellent-partners.co.jp/ - 本プログラムで利用した『CPAラーニング』
https://www.cpa-learning.com/ - 貧困の連鎖について
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