スタッフレポート
子どもの貧困
虐待・ネグレクト
むし歯が治療されないままの子ども達——貧困が生む健康格差
子どものむし歯の有無は二極化傾向
「子どものむし歯は減っている」――そんな印象を受けるデータが示されています。

※1 文部科学省「学校保健統計調査」令和6年度の調査をもとにキッズドアが作成
注:幼稚園については、昭和27~30年度及び昭和46年度は調査していない
文部科学省は、学校における幼児、児童、生徒の発育や健康状態を明らかにするため、昭和23年度から毎年「学校保健統計調査」を実施しています。令和6年度の調査(令和6年4月~令和6年6月)(※1)によると、むし歯がある子どもの割合は、小学校・高校で4割を下回り、幼稚園・中学校でも3割を下回りました。さらに、幼稚園から高校までのすべての年代で、むし歯の者の割合が過去最低を更新しています。
しかし、このデータを単純に喜んでよいのでしょうか。減少してはいるが、依然としてむし歯に罹患している子どもは存在し、これを手放しで喜んでいいのかを様ざまなデータから検証してみたいと思います。
日本小児歯科学会によると、毎年実施している保育所、幼稚園、小学校の歯科検診後に治療勧告を受けても、実際に受診しない子どもが少なくない現状が指摘されています(※2)。治療勧告書の回収率は50%に満たないことが多く、その結果、要治療のむし歯数が減少しないまま固定化しているというのです。つまり、「ほとんどむし歯のない子ども」と「多くのむし歯を抱えたままの子ども」との二極化が進んでいるのです。
生活習慣や家庭環境がむし歯に影響
子どものむし歯は、生活習慣や家庭環境とも深く関係していることが分かっています。
富山大学が2018年7月〜9月に実施した「1万人調査による児童の『むし歯』の関連要因」(※3)では、富山県内の小学4~6年生13,413人を対象に調査を行いました。その結果が令和7年1月に報道機関へプレスリリースされ、以下のような傾向が明らかになりました。
まず、朝食を食べない、夜更かし、1日1回以下の歯磨きといった生活習慣が、むし歯の増加と関連していることが指摘されています。加えて、家庭でメディア利用のルールがない子どもや、ネット依存の傾向がある子どもにむし歯が多いことも分かりました。
特に「ネット依存との関係」では、心理的に不健康なことが多く、それが唾液の免疫機能の低下を引き起こす可能性があるとされています。また、「家庭でのメディア利用のルールと関係」については、“親の関心”の度合いが子どもの健康状態に影響しているのではないか、と考察されています。
これらの調査結果からも分かるように、むし歯の問題は単なる口腔衛生の問題ではなく、家庭環境全体を含めて考えるべき課題と言えるでしょう。
経済状況とむし歯の関係――貧困が生む健康格差
むし歯の有無には、家庭の経済状況や親の負担の大きさが密接に関わっています。
2019年、長崎大学が実施した調査を長崎新聞が紹介しました。そのタイトルは「子どものむし歯 家計と“関係性” 長崎県が生活実態調査 苦しい世帯ほど多い傾向」(※4)というショッキングなものでした。この見出しが示すように、経済的に厳しい家庭ほど、子どものむし歯の割合が高いという現実が浮かび上がっています。
子どもがいるご家庭では、幼児から小学校低学年までは保護者の「仕上げ磨き」が重要であることを実感しているのではないでしょうか。また、子どもにむし歯が見つかった場合は、歯科の予約を取って何度も通院する必要があるため、親の時間的・経済的な負担は決して軽くありません。特にひとり親家庭では、仕事や生活に追われ、子どもの歯のケアが後回しになりやすい状況が想像できます。
さらに、経済的困難が食生活にも影響を及ぼし、それがむし歯のリスクを高める要因となります。安価な甘い菓子、炭水化物中心の食事、ジャンクフードや甘い清涼飲料水などは、むし歯を誘発しやすく、ひいては子どもの身体の健康にも影響を与えかねません。
また、ネグレクト(育児放棄)とむし歯の関係についても、これまでの研究で明らかになっています。児童相談所に一時保護された子どもを対象にした調査では、虐待の種類の中でもネグレクトを受けた子どもほど、むし歯の有病率が高いことが確認されています(※5)。これは、親の関心やケアが不足すると、子どもの口腔衛生が大きく損なわれることを示唆しています。
このように、子どものむし歯の問題は単なる個人の習慣の問題ではなく、社会全体の課題として捉えるべきものなのです。

むし歯の二極化をどう捉えるか――地域社会の役割
これまで述べてきたように、子どものむし歯の減少は喜ばしい一方で、その裏にある「二極化」の実態に目を向けることが重要です。この現状を正しく理解することで、子どもの貧困対策や虐待予防の視点につなげることができます。
例えば、東京都23区の中で生活保護率が最も高く、キッズドアが活発に支援活動を行っている足立区(※6)の「令和4年度あだちっ子歯科健診実施結果報告書」(※7)によると、「むし歯がある小学1年生の割合」は27.6%。これは23区の中で最下位に位置し、特別区平均の21%よりも高い数値です。同区では、この割合を平均レベルまで引き下げるために、「年少児でむし歯0%」を目標とし、「上の前歯・下の奥歯の仕上げ磨き」や「歯によいおやつ」の習慣化を推進しています。さらに、幼児期からの口腔ケアを徹底し、歯を守る生活習慣の定着を目指しています。
このように、地域社会や行政が諦めずに丁寧な支援を続けることが、子ども達の健康格差を縮める鍵となります。
もちろん、むし歯の有無だけで家庭環境をすべて判断することはできません。しかし、適切な予防をすることで、すべての子どもが健康的な歯を持つことは可能です。そして、その小さな積み重ねが、より良い成長環境の形成につながるのではないでしょうか。
参考データ
※1)文部科学省「学校保健統計調査」令和6年度の調査(令和6年4月〜令和6年6月)
※2)日本小児歯科学会 提言「これからの小児歯科医療のあり方について」
※3)富山大学「1万人調査による児童の『むし歯』の関連要因」(2018年7~9月)
※4)長崎新聞「子どもの虫歯 家計と〝関係性〟 長崎県が生活実態調査 苦しい世帯ほど多い傾向」(2019年6月5日公開)
※5)毎日新聞「ネグレクトの子どもは……虫歯が多い 新潟大大学院」(2025年1月14日公開)
※6)東京都福祉局「年報(福祉・衛生行政統計)令和5年度 福祉統計年報編 7 生活保護」
※7)足立区「子どものむし歯を減らす!『あだちっ子歯科健』の取り組み」と「あだちっ子歯科健診実施結果報告書」
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【子どもの社会課題レポート】
【子どもを取り巻く課題】
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