インタビュー
子どもの貧困
ひとり親世帯の貧困
準貧困層は行政の支援の網からこぼれ落ちている ── 困窮子育て家庭を支える現場から
全国の子育て家庭を支援する「キッズドア・ファミリーサポート」事業を担当している渥美は、前職の会社員時代にキッズドアで調理ボランティアを始めた。その目的は「子ども食堂」を始めるための修行だったという。
「子どもがいる家庭を支援したい!」という熱い思いを抱く渥美は、行政の支援から漏れ、他の民間団体からも支援を受けにくい困窮家庭へ支援を広げている。今回は、その最前線でひたむきに活動する渥美に話を聞いた。
※内容は取材当時(2024年6月時点)のものでプライバシー保護のため一部加工・編集

広報活動に参加する渥美(右)と理事長渡辺(左)
渥美 未零(あつみ みれい)
全国の困窮子育て家庭を支援するファミリーサポート担当。外資系保険会社の営業をしていた会社員時代から、キッズドアが運営する居場所型学習会で調理ボランティアを始める。その後、保険会社を退職し、キッズドアのアルバイト職を経て2022年に正職員として入職。
子育て中の親には気が休まる場所が必要
━ 育休中に趣味で子ども食堂を開く
渥美は、ボランティア、アルバイト、そして職員と、少しずつキッズドアとの関係を深めてきた。
「前職は外資系保険会社で13年間営業などをしていました。実は、育休中に自分の家を子ども食堂のように開いて、ママ友を呼んで子どもを一緒にお風呂に入れたり、ご飯を食べたりということを趣味のようにしていました。
みんなからも続けて欲しいという声が多く、自分でもみんなの役に立っていると感じたので、子ども食堂を始めたいと思うようになりました。そのために、まずは修行ができる子ども食堂を探すことにしました」
ある日、保険の顧客からキッズドア理事長渡辺を紹介されたのがきっかけで、仕事の傍らキッズドアで調理ボランティアを始めることになった。
━ 母の死で育児環境が変わりキャリアを手放す
その後、渥美は保険会社を辞めることになる。
「私はバリバリ仕事をするのが好きで、営業職も楽しかったのですが、実の母が亡くなってしまって……。私と夫が仕事に打ち込めたのは、両親が子どもの面倒を見てくれていたからです。そのサポートがなくなったことで、自分の子どもは自分の手で育てようと決心し、キャリアを諦めて退職しました」
ちょうどその時、理事長渡辺から“自分の子どもに寄り添いながら、他のお子さん達の手伝いをしてみない?”と声をかけられたことで、渥美はキッズドアでアルバイトを始めることになった。
━ キッズドアで何かできるかもしれない
キャリアを諦めてアルバイトを始めた時はどんな思いだったのだろうか?
「自分が子どもを2人育てていると、いろんな家庭があることをママ友を通して知りました。子育て中は孤独や困難を抱えている方がたくさんいるので、保護者には気が休まる場が必要だと思っていました。
また、仕事で出会う人を通じて貧富の差を感じることもあって……親の経済状態で子どもの未来が変わってしまうことが個人的にとても気になっていました。キッズドアにいれば、そうした課題のために何かできるかもしれないと思いました」
その思いが、アルバイト職を経て正職員としてファミリーサポートの事業責任者になることに繋がっていった。
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困窮状況を確認して個々の家庭に合わせた支援をする
━ コロナ禍の次は物価高騰で苦しむ貧困家庭
キッズドアのファミリーサポートは、コロナ禍で経済的に困窮した家庭を支援するために2020年に立ち上がった事業だ。
「コロナ禍が落ち着いた今でも物価高騰によりまだまだ苦しい家庭が多く、現在は、食料などの物資だけでなく、情報・体験・就労を加えた4つの支援を行っています。食料支援などのような『今この瞬間の生活への支援』に加え、就労支援のような『貧困から抜け出すための支援』も行っています」
━ 年度ごとに経済状況を確認
ファミリーサポートに登録できるのは、全国の0歳から大学生までの子どもが同居する家庭だ。該当する年齢の子どもがいれば登録は可能だが、受けられる支援は家庭の状況によって異なる。
「困窮子育て家庭の場合は、家庭状況を把握した上でその家庭に合わせた支援を提供しています。年度ごとに経済状況などがわかる資料を提出していただき、一件一件チェックをして『お子さんが何人いるどんなご家庭か』というところまで深く見させていただいています。だから、きめ細やかな情報や支援が提供できると思っています」
2023年度の最終的な登録者数は約4,200世帯で、そのうち母子世帯が約86%、そして約77%がパート・アルバイト等非正規雇用及び無職・休職中、前年度の世帯収入が200万円未満だった人が約61%だった。データからも困窮具合がうかがえる。
━ 登録した3,000~4,000世帯と直接繋がっている
新年度が始まると登録はリセットされ、再登録が必要となる。渥美は、2024年度になって続々届く登録申請を日々確認している。6月1日現在の登録数は約3,300世帯だ。
「私達はファミリーサポートに登録した全世帯の保護者とLINEやメールで直接繋がり、メッセージのやり取りができるようにしています」
キッズドアの支援情報だけでなく、行政や他団体の支援情報、奨学金給付金の情報なども情報支援として読みやすくわかりやすい形で届けている。
「登録している保護者の方々は、なかなか自分で情報を集める時間がありません。そのため、『初めて知った情報がたくさんあった』という声も多く届きます。私たちは、子どもたちにプラスになる情報や、少しでも収入増につながる情報を提供したいと思っています」
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行政の支援から漏れてしまう家庭への支援
━ どこにも支援を求めることができない『実質ひとり親世帯』
キッズドアのファミリーサポートが他団体と異なる点は、支援を受けにくい困窮家庭を幅広く受け入れているところだ。
「具体的には大きく2つの層への支援です。ひとつめは『実質ひとり親世帯』です。具体的には、離婚調停中で別居状態であったり、DVで避難されていたりといった、まだ離婚が成立していないために法律上はひとり親ではない家庭です。中には同居しているけれど経済的DVを受けている方もいます。そのような家庭は行政からの支援が全く受けられない状態なんです」
別居や避難した直後は経済的に一番きつい状況であるにもかかわらず、法律上はひとり親ではないため提出できる書類が無く、どこにも支援を求めることができない状況になっている。
━ 両親世帯でも子どもが多いと困窮している
「ふたつめが『子どもが多い世帯(両親世帯含む)』(以下『多子世帯』という)です。このような世帯も、他の民間団体では支援するのが難しいと言われています。例えば年収300万円から600万円ぐらいのゾーンの家庭で子どもが3人以上いた場合、3人の子どもを養って高校や大学まで行かせるのはすごく難しいと私達は考えています」
教育は次の世代で貧困の連鎖を断ち切ることに繋がると言われている。子どもは進学したいのに教育資金を捻出することができないという家庭には支援が必要だ。
━ 支援を受けられない『準貧困層』
“生活保護世帯”や“非課税世帯”、そして“児童扶養手当を受けとっているひとり親世帯”は行政の支援がある。しかし、“実質ひとり親世帯”や“多子世帯”は、家計が非常に苦しいにもかかわらず行政の支援の網からこぼれてしまっている。キッズドアでは、このような世帯を“準貧困層”と位置づけている。
「中には、ひとり親でありながら正社員で頑張っているため児童扶養手当を受け取れず、実際にはかなり家計が苦しい家庭もあります。『準貧困層』は支援が受けられないことが多いので、キッズドアでは困窮状況を一件一件確認し、必要な家庭に支援をしていく方針です」
今、“準貧困層”を支援しないと“相対的貧困層”に落ちてしまう可能性もあるからだ。
━ 支援の必要性を証明する書類の壁
他の民間団体でも、この“準貧困層”の家庭への支援が難しいと言われるのは、支援が必要であることをどう証明するかという点だ。
「キッズドアでは、代替となる書類を提出していただき、偽って登録される方がないように精査しています。例えば、『実質ひとり親世帯』であれば、別居状態であることがわかる書類や事情書を提出していただき、どのように困っているのかを確認したうえで承認しています。しっかりと見極めながら、本当に必要な世帯へ支援の幅を広げています」
食料などの支援を送ると“キッズドアだけがサポートしてくれています” “キッズドアがいてくれたから、今こうやって頑張れています”というメッセージが届く。
「私達の活動が役に立っていることを直接聞けたときには、さらに頑張らなくちゃと思います」
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不登校につながる体験格差
━ 1500人の子どもに体験活動を提供
コロナ禍が収束してきた今、渥美がさらに力をいれているのは体験活動だ。最近、体験格差が明らかに広がってきていると感じているからだ。生活が苦しい家庭では、明日の食事さえままならないため、文化体験やレジャーにお金を使う余裕は当然無い。
「学校の休み明け後に先生から『思い出話をしてください』と言われても、何一つ話せない子どもがいるのです。みんなの思い出話を聞いて、自分の家はなぜこんなに違うんだろうと感じ、その差に気づいてしまうのです。そこから友達の輪に入れなくなり、不登校になってしまう子どもも少なくありません」
体験格差は自己肯定感に影響し、さらに学力形成や将来の収入にも影響を与える。だからこそ、子どもたちが様々な経験を積めるよう体験活動に力を入れているのだ。
「企業や団体のご協力で、2023年度は延べ1500人の子どもを、スポーツ観戦やコンサートなど、いろいろな体験活動に招待することができました」
━ 体験活動で親子の笑顔が連鎖する
渥美は、体験活動中に親子が共に過ごしている様子を見ると、この活動はとても大事なことだと感じる。
「参加している子ども達を見ていると、もう笑顔が止まらないんですよね。その笑顔を見ているお母さん達もニコニコして……そして、喜んでるお母さんを見てまた子ども達がさらに笑顔になるっていういいスパイラルがあるのです。
いつも仕事ばかりでどこにも連れて行けないと悩むお母さん達にとっては、ただ単にお出かけするだけではなく、その裏に様々な感情があるのです」
支援していただいた企業や団体の方々も、親子の笑顔やアンケートに書かれた感想に心を打たれさらなる支援の実現に動いていく。
「映画のプリペイドカードをお渡しして親子で鑑賞ができるといったご支援もいただいています。それを利用した思春期に突入したお子さんから『久々にお母さんと出かけた』といったフィードバックがありました。そのフィードバックを読んで、本当に嬉しいねとチームで涙をこぼすこともありました。中には、映画を見るのが23年ぶりというお母さんがデジタル発券機に驚いたという話もありました」
体験格差をさらに減らしていくために、今後は、オンラインでできる子どもの習い事などもやっていきたいと考えている。
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母の思いを継ぐ
━ 子どもの成長には母親の笑顔が必須
渥美は、お母さんが笑顔でいることがとても大事だと話す。
「保護者の心がちょっとでも豊かになると、子どもはすぐに気づくんですよね。子どもの成長の中で、お母さんが笑っていれば子どもも元気で、学校でちゃんといろんなことができるし、頑張ろうと思う気持ちに繋がっていくと思います。
育休中に家でやっていた子ども食堂的なものは、ずっと続けていきたかったなと思っています。でも、今でも土日になると私の家を開放しているので、ママ友の誰かしらがいるような状態ではあるんです。ママ達がハッピーであれば、その子どももハッピーで、その子ども達と友達である私の子どもの環境もより良くなっていくと思っています」
━ 亡くなった母も、子育て中のお母さんを支援していた
インタビューの最後に、渥美は自身の母親がひとり親の子どもの面倒を見るなどの支援を個人的に行っていたことを教えてくれた。
「私がキッズドアのボランティアを始めた時、母が『私もやってみたい』と言っていたことを思い出しました。私がファミリーサポートで活動することは、後を継ぐというわけではありませんが、意義のあることだと思っています」
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━ 給食がないと体重が減る子ども達
学校が休みに入ると給食がなくなるため、子どもの食事が一食減ってしまう家庭が少なくない。
「私達の調査では、休みの間に体重が減る子どもがいることがわかっています。また、節約のために暑くてもクーラーをつけない家庭もあり、夏の間の子ども達の健康が心配です」
今年もキッズドアでは、夏休み中の貧困家庭を支援するためのクラウドファンディングが進行中だ。集まった支援金の多くは食料支援に充てられる。
保護者が仕事に行っている間に子どもがひとりで温めて手軽に食べられる食品を、なるべく選んで届けている。食料を受け取った子ども達からは『給食がないとお腹いっぱい食べることができないから、食べるものがあって嬉しい!』という喜びの声が届く。
「ファミリーサポートは全国展開しているので、登録家庭の皆さんと直接お会いすることは難しいですが、私たちの活動を通じてお母さん達に少しでもニッコリ・ホッコリしてもらって、それが子ども達の成長に繋がっていくといいなと思っています」
渥美は子ども達と保護者の笑顔を心に留めながら、この夏の食料支援の準備を進めている。
【シリーズインタビュー記事】
- #03 準貧困層は行政の支援の網からこぼれ落ちている
- #02 受講生を増やしても、全国に支援はまだ届いていない
- #01 僕は、今の時代こそ居場所が必要だと思う
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<夏休み緊急食料支援>
夏休みの子ども達へ食料品や学習支援を届けるクラウドファンディング実施中
皆様からのご寄付は、困窮家庭の子ども達が、給食のなくなる夏休みを乗り越えるための「食」と「心」の支えになります。食事もままならない子ども達の未来をつなぐため、力強いご支援をどうぞよろしくお願いいたします。
https://congrant.com/project/kidsdoor/11823 (2024年7月31日まで)
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