スタッフレポート
子どもの貧困
体験格差・IT格差
夏休みの思い出が無いことは何が問題なのか?—— 未来を切り開く“きっかけ”がない子ども達
体験が少ないことの何が問題なのか?
『夏休みに家族旅行に行ったことがない』
『キャンプや海水浴に行ったことがない』
経済的に厳しい家庭の子ども達から、時折このような声が聞かれます。
これらの言葉を聞いて、「それの何が問題なの?」と思う人もいるかもしれません。確かに、他の子ども達と比べて、夏の思い出が少ないだけ──そう見えるかもしれません。そして、日々の食事や生活必需品、学習に必要な教材の不足といった問題と比べれば、大した問題ではないようにも感じられるかもしれません。
しかし、ここで見過ごしてはならないのは、彼らが失っているものが単なる「思い出」ではないということです。失われているのは、子ども達の成長にとってかけがえのない「体験」であり、その「体験」の有無が、子ども達の将来に、私達が想像する以上に深刻な影響を与えているのです。
非日常の体験が、子ども達のスイッチを切り替える
私達キッズドアが運営する無料学習会には、経済的な困難を抱える家庭で育つ子ども達が多く通っています。その中に、ある小学生の男の子がいました。学習会に通い始めたばかりの頃は、勉強をしないで寝転がってばかり。「勉強しよう」と声をかけても、スタッフを睨みつけるような子どもでした。
そんな彼も含めて、夏休みに子ども達を体験活動に連れていく機会がありました。浅瀬の川が流れている場所での自然体験イベントです。そのとき、彼がふざけた拍子に川に落ちてしまうというアクシデントが起きてしまいました。ケガはなかったものの、全身びしょ濡れ。着替えがなかったので、スタッフのTシャツを貸すことになりました。
そのTシャツを手渡すときに驚いたのは、普段の学習会の彼からは想像もつかない、満面の笑顔を見せてくれたことです。周囲の子ども達も彼のことを心配して声をかけ、無事だと分かると「何やってんだよー」と笑いながらじゃれ合っていました。その時、彼はこれまで感じたことのなかった、周囲からの温かい関心や思いやりを、しっかり感じとったのかもしれません。
この出来事をきっかけに、彼は学習会に積極的に参加するようになり、勉強にも取り組むようになりました。あの日の体験が、彼の中に眠っていた何かのスイッチを確かに切り替えたのだと思います。
体験格差の問題は“きっかけ”がないこと
彼が体験をきっかけに大きく変わったように、私達が「勉強しよう」「頑張ってみよう」と思えるのは、いったい何がきっかけなのでしょうか? 将来の理想の自分を思い描き、それに向かって努力を続ける力は、本当に“自分の中だけ”から自然と生まれてくるものなのでしょうか? 反対に、今はまだうまく頑張れていない子ども達は、能力や性格に問題があるということなのでしょうか?
少なくとも、キッズドアを利用している多くの子ども達と接している私達の経験からすると、答えは「NO」です。先ほどの男の子の事例が示すように、彼らに足りないのは、心の奥底にあるスイッチをカチッと押してくれる、ほんのささいな“きっかけ”なのかもしれません。
たとえば、
『初めての自然キャンプを、周りの子と助け合って乗り越えた』
『学校の勉強は苦手だけど、プログラミングイベントでは活躍できた』
このような日常とは異なる特別な体験が、子ども達に「自分にもできるかもしれない」という自信や可能性を感じさせます。将来の理想の自分を思い描き、それを目指して学び続ける力は、そんな瞬間に育っていくのです。
体験格差の問題は、単に楽しい思い出が少ないということではありません。本当の問題は、そうした子ども達が、自らの可能性に気づき、未来を切り開くための大切な“きっかけ”を持つことができない、という厳しい現実なのです。
“きっかけ”さえつかめない子ども達の現状
公益社団法人チャンス・フォー・チルドレンの「子どもの『体験格差』実態調査 最終報告書」(※1)によれば、世帯年収300万円未満の家庭の子どものうち、約3人に1人が、年間を通じて学校外の体験活動(スポーツ、文化芸術活動、自然・社会・文化などの体験)を全く経験していないことが分かりました。
また、キッズドアが行った「2024 夏 困窮子育て家庭アンケートレポート」(※2)(回答者の約84%が世帯年収300万円未満の家庭)においても、同様に、半数以上の家庭が、長期休暇である夏休み期間中であっても「体験・アクティビティ」に出かけていないことが分かりました。
体験活動を行うためには、交通費や入場料、飲食代など、少なからずお金がかかるものです。日常的に家計がギリギリの子育て家庭にとって、食費や光熱費、学用品などの支出が最優先となり、「体験」にまで手が回らないというのが実情です。特に夏休みは、学校給食がないことで食費が増え、自宅で過ごす時間が長くなる分、エアコン等の光熱費がより大きな負担となります。そのため、普段からハードルが高いと感じている体験活動が、夏休みにはさらに遠ざかってしまうのです。
さらに日本では、ひとり親家庭のおよそ半数が相対的貧困の経済水準で暮らしています。非正規雇用でダブルワーク、トリプルワークをしているケースも多く、そもそも子どもと一緒に過ごす時間が取りづらい現実もあります。
キッズドアには、保護者の方からこのような切実な声が寄せられています。
『新しくできたクラスのお友達と休日に遊びに行くお誘いをもらっても、経済的な理由で断っていることを知ったときは、とてもショックでした』
もちろん、地域のお祭りなど、比較的費用をかけずに参加できる機会もあります。しかし、「全くお金を使わずに済む場面」がどれほどあるでしょうか。お祭りでは、周りの子ども達が出店で買い物を楽しんでいるかもしれません。少し離れた場所へ行くなら、交通費も無視できません。このように厳しい経済状態の家庭からは、少しでも出費の可能性がある場合、参加すること自体を諦めてしまうという声も多く聞かれます。

周りの子ができることが、自分だけできないという現実
『ひま。』
夏休みにキッズドアの学習会を訪れる子ども達から、よく聞かれる言葉です。
『周りの友達は家族旅行に出かけたり、友達同士で遠くへ遊びに行ったりしている中、自分はそうした機会がない――。』
『楽しそうな話を聞くたびに、取り残されたような気持ちになります。』
学校が始まり、クラスで夏休みの思い出の話題が出ると、その子はそっとその場を離れます。話に参加することができないからです。こうした些細にも思えるきっかけから、友だちとの交流を避けるようになったり、学校へ行くこと自体が辛くなってしまったりする子ども達もいます。
子ども達は、様々な体験活動を通して「非認知能力」と呼ばれる、学力テストでは測れない大切な力を育んでいます。非認知能力とは、自己肯定感をはじめ、忍耐力や自制心、コミュニケーション能力など、生きていく上で重要な内面的な能力のことです。こうした能力が子ども達の将来を大きく左右するということは、想像に難くないでしょう。
また体験は、自分の新たな一面や興味を発見するきっかけにもなります。それが進路の選択肢を広げることもあります。
――だからこそ、夏休みに様々な体験ができる子ども達は、「未来を切り開くための大切なきっかけ」を手にしていると言えます。その一方で、体験を持てない子ども達は、「未来を切り開くためのきっかけ」を失うだけでなく、「傷つくきっかけ」にも直面してしまう。そんな残酷な“差”が、確かに存在しているのです。
私達は「体験」や「思い出」で支えられている
私達自身も振り返ってみると、思っている以上にたくさんの「体験」や「思い出」の積み重ねによって形づくられているのではないでしょうか。とりわけ、まだ知らないことばかりで、感受性が豊かだった子ども時代の体験は、大きな影響力を持っています。
私達キッズドアが理想としている体験活動の提供は、決して一回楽しんで終わりというものではありません。ふとした瞬間に思い出して背中を押してもらえたり、あるいは、将来、人生の糧になったりするような体験や、人との出会いや場づくりが大切だと考えています。そして私達は、そのような体験は、すべての子どもに公平に与えられるべきものだと信じています。
参考データ
※1)公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン「子どもの「体験格差」実態調査 最終報告書」
※2)キッズドア「2024夏 困窮子育て家庭アンケートレポート」
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【子どもの社会課題レポート】
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