インタビュー
不登校
子どもの貧困
子どもの居場所には地域の課題を解決する可能性がある ── 子ども第三の居場所支援
キッズドアが運営する子ども達の居場所「ラーニングラボすみだ」(以降、LLすみだ)が2024年4月に開所した。家庭や学校以外の場である「子ども第三の居場所」だ。開所から4か月経ち、LLすみだは初めての夏休みを迎えた。
地域に根差した居場所を目指すLLすみだの事業責任者 吉田に、最近の子ども達の様子や、地域における今後の展望について話を聞いた。
※内容は取材当時(2024年7月時点)のものでプライバシー保護のため一部加工・編集
LLボすみだの体験学習としてプログラミングを教える吉田
吉田 勝(よしだ まさる)
地域拠点部のディレクター、「ラーニングラボすみだ」と「KICC竹ノ塚国際交流センター」の事業責任者。前職はメディア業界で新規事業開発などに携わる。2022年より業務委託でキッズドアに関わり始め、その後委託職員を経て2024年3月に入職。
子どもたちに寄り添う想いの原点
━ フィリピンの山奥で出会った子ども達
吉田はメディア業界出身。当時から、“コンテンツを子ども達の豊かな成長にどう役立てるのか”をライフワークとして取り組んできたという。彼が子どもの豊かさをテーマに据えた背景には、ある特別な出来事がある。
「30歳前後の頃、ドラマのロケでフィリピンに行ったことがあります。そこで、山奥に住む子ども達と出会いました。彼らの生活は想像以上に貧しく、その厳しい環境に大きな衝撃を受けました。
子ども達が長い時間をかけてふもとまで水を汲みに行き、それを小さな身体で担いで運ぶ姿を目にした時、『子ども達は社会からもっと守られ、豊かに育つべきだ』と強く感じました」
吉田はこの経験を機に、キャリアを通じて子どもの福祉や教育に関わる視点を持ち続けようと決意した。
「日本でも厳しい環境で生きている子どもたちがいるのではないかと思いました。実際、地元でのボランティア活動を通じて、貧しい家庭がたくさん存在することを痛感しています。最近では、自分に孫ができたこともあり、子ども達が安心して生きていける社会を作ることは、私達大人の責任だと、さらに強く思うようになりました」
━ クリスマス会で出会った生徒
吉田には、もうひとつ忘れられない出来事がある。
「以前、クリスマスの時期にキッズドアの学習会に参加したことがあります。その日は、子ども達にクリスマスプレゼントを渡す予定でした。プレゼントは特別なものではなく、簡易なお土産のようなものでしたが、ある子が 『お母さんのために持って帰るんだ』と言って、手を付けずに大事に持ち帰ったんです」
その子にとっては、ささやかなプレゼントでも特別なもので、母親に渡したいと心から思ったのだろう。
「今でもそのことを思い出すと泣いてしまいます」
涙をこらえながら吉田はこう続ける。
「その時、こういう子ども達をどうしても支えたいという強い思いが湧いてきました。その気持ちは、今でも胸に深く刻まれています」
LLすみだの外観:表具屋だった面影を残す建物
LLすみだの内観:フルリフォームされた内部
地域の子どもを、地域で育てる場所
━ 子育てにゆかりのある場所
LLすみだの建物は、通学路に面したかつての表具屋を、そのままの風情を残してフルリフォームしたものだ。
「以前ここで表具屋を営んでいたご主人は、子どもをとても大事にする人で、周辺の保護者の中には、『子どもの頃、ここのご主人に本当にお世話になった』という方がたくさんいるんです。だから、この建物は地元の人々によく知られているんです。
地域の保護者の方々が見学に来て、ご主人の思いを受け継ぐ施設なので『きっといい場所だ』と言って、登録してくれた人もたくさんいました」
本当に素晴らしい場所に開設できたと、吉田は何度も語る。
「この街は非常に下町的で、『何か手伝うことがあれば言ってね』なんて声をかけてくれる方も多いです。建物の前にある花壇に毎日水をあげに来てくれる近所のおばあさんもいるんですよ」
これまでに10名以上の地域の方がボランティアとして参加してくれたが、吉田はさらに多くの協力を募っている。
「勉強を教えられなくても全然問題ありません。子ども達にとっては、大人とおしゃべりをするだけでも大きな経験になりますから」
━ 地域の力を借りた利用者募集
LLすみだを開設するにあたっては、地域に根ざした施設になりたいという思いがあった。
「利用者募集のときは、最寄りの小学校にチラシを置かせてもらったり、町内会で配ってもらったり、この地域の金融機関にも協力していただきました。
対象は墨田区および近隣に住む小学2年生から6年生で、利用条件に収入制限などはありません。保護者の同意書と簡単なアンケートさえあれば、誰でも登録して利用できます。6月からは中学生向けの学習支援事業と居場所事業も始めました」
現在、70名以上の登録があり、水・金・土曜日の開所日には約20名の子ども達が訪れている。
「ここには自由に来てもらって、宿題をしたり、おやつを食べたり、自由時間には皆で遊んだりして過ごしています。居場所に通うことで、生活習慣や学習習慣を身につけることも大切だと思っています。
今は比較的問題のない家庭の子ども達が多いですが、今後は本当に支援を必要としている子ども達にもリーチしていきたいと考えています」
体験学習の一環で、子どもに鮭の調理方法を教えている様子
プログラミングイベントで子どもにプログラミングを教えている様子
人とのかかわりや体験が成長のトリガー
━ ただの居場所で終わらせたくない
吉田が目指すLLすみだは、ただの“居場所”ではない。子ども達の成長を支える場所でありたいと願っている。
「何となく来て遊ぶだけで終わる場所にしたくはないんです。ここで何かを学び、身に着け、そして将来の成長のトリガーになるような体験を提供したいと考えています」
実際、開所してからの数か月で、仙台の自然体験施設と連携してイベントを開催したり、地元団体の協力で両国国技館での相撲観戦を企画するなど、様々な体験の場を設けてきた。
「開所してまだ数か月ですが、キッズドアが積み上げてきたノウハウと、地域の企業や団体の支援があるおかげで、多くの子ども達にいろいろな機会を提供できています」
━ 夏休みは成長のチャンス
LLすみだは初めての夏休みを迎えた。連日続く猛暑で、外で遊ぶ子どもの姿は少ない。だからこそ、特に夏休みは、家以外に居場所があることは、子ども達にとって生活範囲や交流の幅が広がるという意味を持つ。
「夏休み中も週3日の開所は変わりませんが、開所時間を早めています。普段は小学生が午後2時から5時まで来ていますが、夏休みは午前11時から正午の間に来てもらってスタッフと一緒にご飯を作る体験をしています」
子ども達にとっては料理も貴重な体験となる。一緒に昼食を囲むことさえ、ちょっとしたイベントになる。
夏休みは時間に余裕があるため、普段とは違う特別な企画が実現できる。
「8月には、近隣の建設業者さんが協力してくれて、外装に使うタイルを使ったタイルアートのイベントを企画しています。また、夏休みの終盤には、子ども達が自ら計画する夏祭りも予定しています」
どんな体験が子ども達の成長のきっかけになるのかは、誰にもわからない。
「この建物には広い庭があって、そこには柿の木が植わっているんです。今は夏の盛りですが青い柿が結構落ちるので、子ども達は自主的に楽しみながら掃除をしてくれています。庭の掃除も、東京の子にとって普段は経験しない貴重な体験かもしれません。
こういった小さな経験が、やがては家庭の手伝いや新しい発見につながり、子ども達にとっての成長の一歩になればいいなと思っています」
━ 心を開き始めた子ども達
開所から4か月が経ち、子ども達が心の内を打ち明けるような変化が見られる。
「悩みや不安をスタッフに話してくれる子が増えています。心を開き始めた証拠だと思います。自分の不安を言葉にすることで、少しほっとしている様子もうかがえます。
そんな時はアドバイスするのではなく、ただじっくり話を聞いてあげることが大事だと感じています」
子ども達に寄り添うのは経験豊かなスタッフ達。適度な距離感を保ちながら、その子の特性や日々の変化を注意深く観察し、日常の会話からも微妙な課題を感じ取っている。
「閉所後にスタッフ全員で振り返りを行い、その子にどんなサポートをすることができるかを話し合うこともよくあります」
子どもでも、家庭や学校で話せないこともあるだろう。孤立しがちな放課後や長期休みに、信頼できる大人がそばにいる環境は、子ども達の心の拠り所になる。
LLすみだの子ども達と一緒に庭を掃除する様子
宿題に取り組む子どもを見守っている様子
地域で子どもを育くむ場所
━ 子どもの豊かさとは
吉田がライフワークとして掲げる“子どもが豊かである状態”について質問してみるとこんな答えが返ってきた。
「子どもらしく生活できていることだと思います。貧困世帯の子どもやヤングケアラーなど、子どもによってはスタートラインが全然違うんです。いろんなことを我慢したり、諦めたり、気を使わざるを得なくて、子どもらしく生活できていないと感じます」
LLすみだに来ている子ども達は、子どもらしく過ごせているのだろうか?
「子どもらしく過ごせていると思います。私は吉田なので、みんなから『よっしー』って呼ばれているんですよ。あとは笑顔がすごいんです。時々算数の勉強を見てあげるんですが、こう解けばいいんだと分かった時の笑顔は最高です」
LLすみだを利用している子どもからの手紙
━ 地域の課題に向き合う
現在進行している居場所事業が定着した先に、吉田が見据えるのは、さらなる支援の拡大だ。
「今後は、経済的に困窮している家庭の子ども達と、さらに不登校の子ども達への支援を広げていきたいです。実際に不登校の子ども達へのサポートを求める声も届いています」
さらに、吉田にはこのLLすみだを“子どもを中心に据えた地域のコミュニティ”に成長させていきたいという思いもある。
「例えば、地域には高齢者の孤立といった課題もありますが、ここに高齢者も気軽に足を運んでいただけるようになれば、自然と交流が生まれると思います。いろんな人と接するって、すごく大事だと思うんです。
子ども達にとっても、世代を超えた交流を通して、人との付き合い方や思いやりの心を学んでいくきっかけになります。ほんの些細なことですが、こういう積み重ねが、地域全体で子どもを育んでいく力になると思っています」
開所を支えるための助成金は数年で終了するが、吉田には継続への強い意志がある。
「ここを一度開所した以上、地域のボランティアや企業の協力を得ながら、地道な活動を続けていきます。地域の子どもを中心に据え、少しでも社会が豊かになっていく一助になりたいと思っています。
そのため、今後の財源を確保して事業を継続できるようにしていくことが私たちの役割だと思っています」
LLすみだの初めての夏休みが終わろうとしている。子どもたちはどんな成長を遂げ、それが地域にどんな希望の芽を生み出すのか。吉田は、その未来に胸を膨らませている。
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「ラーニングラボすみだ」では、中学生向けの無料学習会への参加者を募集しています。お近くに支援を必要としている中学生がいましたら、この学習会をぜひご案内ください。
https://learninglab-sumida.amebaownd.com/posts/54945309
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【シリーズインタビュー記事】
- #05 子どもの居場所には地域の課題を解決する可能性がある
- #04 英語学習は格差が表れやすい
- #03 準貧困層は行政の支援の網からこぼれ落ちている
- #02 受講生を増やしても、全国に支援はまだ届いていない
- #01 僕は、今の時代こそ居場所が必要だと思う
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