インタビュー
子どもの貧困
体験格差・IT格差
体験の貧困は子どもが変化する可能性を奪う ── キャリア教育支援最前線
近年、体験活動は「文化資本」や「社会関係資本」を育むだけでなく、非認知能力を高める点でも注目されている。これらはいずれも学力向上の要因とされ、体験活動は学習支援活動と同様、子ども達の未来を切り拓き、貧困の連鎖を断つ重要な鍵となる。
一方で、家庭の経済状況など様々な事情によって、学校外での体験やデジタルデバイスに触れる機会に大きな格差が生まれている。この体験格差やIT格差が子ども達に与える影響、そして支援の現場で見られる子ども達の変化とはどのようなものなのか。現在、3つのキャリア教育プログラムの責任者を務める川上に話を聞いた。
※内容は取材当時(2024年12月時点)のものでプライバシー保護のため一部加工・編集
川上 賢一(かわかみ けんいち)
キャリア教育支援事業「IT Drive」「Step for tomorrow」「IFUTO(イフト)」の事業責任者。学生時代には国内外でボランティア活動に参加し、多様な経験を積む。その後、銀行勤務を経て、2022年にキッズドアに入職。学習支援事業の担当を経て、現担当に就く。

スタッフと打合せをする執務中の川上
中学時代に抱いた「困っている人の役に立つ」夢
川上は学生時代に、キッズドアとは別のNPOで学習支援や海外でのボランティア活動に参加していた。その背景には、こんな出来事があった。
「中学生の頃から、自分より困っている人達の役に立ちたいと思うようになりました。
実は僕、小学校に思うように通えなかったほど体が弱かったんです。その影響もあって、中学校ではいじめのような経験をすることもあり、少しつらい時期がありました。
そんなとき、テレビのドキュメンタリー番組を通じて、自分より困難な状況にいる人が世界中にたくさんいると知りました。この気づきが『困っている人の役に立ちたい』という中学時代の思いにつながり、その後のNPOでの学習支援やフィリピンなどでの海外支援活動の原点になったんです」
大学卒業後、川上は銀行に就職するも、体調を崩して休職を余儀なくされる。
「休職中に中学生時代の夢を思い出し、その夢に立ち戻ろうと考えるようになったんです。学生時代から知っていたキッズドアを再び思い起こし、迷わず門を叩きました」
入職後は都内の学習会を担当し、2024年の春からはキャリア教育支援事業の責任者として、体験格差やIT格差の是正に取り組んでいる。

プログラミングに取り組む生徒の様子
体験格差とIT格差が引き起こしていること
━ 格差は視野を広げる可能性を奪う
川上が担当するキャリア教育プログラムには、様々な事情から体験活動が制限されている生徒が多く集まる。
「例えば、あるITプログラムに参加した高校生24名のうち、約65%が年収300万円未満の世帯でした。プログラミングスクールに興味があっても、家庭の経済的な事情を気にして『行きたい』と言いだせなかったという声が多かったです。無料プログラムの存在を知って、思い切って参加してくれた生徒がたくさんいました」
また、川上は、体験活動がないことで、孤立感を抱える生徒の現状にも目を向ける。
「通信制高校に通っているので、普段、同級生や同世代の子と話す機会がほとんどないという生徒もいました。学校外においても塾や習い事をしていないため、他の子達が進路についてどう考えているのか知る機会がなく、不安に感じているという声もありました」
川上は、こうした体験格差が人との出会いやつながりの可能性を奪っている現状を重く受け止めている。
「経済的な理由や不登校など、様々な事情で家族以外の第三者と接する機会がない子ども達がたくさんいます。
学習会を担当していたときから、体験活動を通じて生徒が変わっていく様子を見てきました。同世代の子と意見を交わしたり、こんなふうになりたいというロールモデルに出会ったり、大学生や社会人と話したりする経験が生徒達に大きな影響を与えています。
生徒達の視野を広げる一番の方法は、人と出会い、刺激を受けることだと思います。僕達は、それをキャリア教育や体験活動を通じて提供しているのです」
━ デジタル環境の格差は進路を左右する
子ども達が抱える課題は、体験格差だけにとどまらない。キッズドアのプログラムに参加する多くの生徒が、家庭に必要なデバイスやネット環境を持っていないという現実がある。それは、進路選択の “スタートライン” にすら立てない状況を生み出している。
「家にパソコンやWi-Fiがない子が多いです。あるITプログラムで、参加者全員にパソコンをプレゼントしましたが、24人中14人は家にWi-Fiすらない状況でした。そのため、まずはWi-Fiを貸与してデジタル環境を整えるところから始める必要がありました」
この環境の差が進路の選択肢に直接影響を与えている。
「このプログラムのおかげで、『総合型選抜の大学受験に必要な資料を、パソコンとWi-Fiを使って準備することができて、第一志望に合格しました』という嬉しい報告をもらいました。
また、ある保護者からは『もしこのパソコンがなかったら、購入費用を捻出するために受験校を減らさざるを得なかった』という声も寄せられました」
デジタル環境が整っていないことが、生徒達の選択肢や可能性が狭まっていく。その現状が、川上の言葉から鮮明に浮かび上がる。

IT企業のオフィスツアーに訪れた際の様子
体験活動やそこでの出会いがもたらすもの
━ たった一度の出会いが生む変化
川上は、体験活動が子ども達に与える力を目の当たりにした経験がある。
「体験活動の一環として、ある大学の見学に行ったときのことです。それまで週1回しか学習会に来なかった男子中学生が、見学後の翌週から週4回も来るようになりました。学習会ではゲームばかりしていたので、その変化には本当に驚きました」
その生徒を変えたのは、大学見学での一つの出会いだった。
「案内をしてくれた大学生ボランティアと話をしたことで、『自分もあの人みたいになりたい』と生徒が言い始めました。そして、学校の先生になるにはどうしたらいいのかを熱心に質問する姿も見られました。たった一度の出会いが子どもの未来を動かす力を持っているのだと強く感じました」
さらにこの変化は学業への挑戦にもつながった。
「この生徒は受験を最後まで走り抜き、見事第一志望の高校に合格しました。進学先でも上位の成績を収めているそうです。それまでの努力の積み重ねや蓄積もあったのかもしれませんが、一度の体験活動がきっかけで行動が劇的に変わったことは確かです。何十時間何百時間の学習よりも、一瞬でその人のことを変えてしまうような大きな可能性を体験活動に感じました」
━ 理系への道を模索し始めた出会い
もうひとつのエピソードとして、体験活動を通じて進路の選択肢を広げた女子高校生のことが川上の印象に強く残っている。
「理系に興味を持ちながらも、通っていた高校には理系コースがなく、文系への進路を余儀なくされそうになっていた高校生がいました。学校には馴染めず、進路について相談できる人もいない中、女子高生向けのITプログラムに参加してくれました。そのプログラムで、IT企業で働く人の話を聞く機会があり、文系を卒業してもIT系の仕事に就けるという話に触れたことで、彼女の視野が広がったようでした」
さらに、このプログラムでは彼女にとって大きな意味を持つ出会いもあった。
「同じプログラムに参加していた、似たような悩みを抱えた女子高校生との出会いです。二人はプログラミングへの興味を共有していたほか、ひとり親世帯という似た境遇だったこともあり、すぐに打ち解けて意気投合していました。住んでいる場所は離れていましたが、連絡を取り合いながら勉強を頑張ろうと励まし合う関係になり、それぞれが相手の応援団長のような存在になっていました」
一度は諦めかけていた理系への道だったが、彼女の選択肢は広がり、他の高校への編入も含めて、可能性を模索し始めた。体験活動をきっかけに、これまで全然視野に入っていなかった進路が急に現れたり、おぼろげにしか見えていなかった進路がしっかり見えるようになることもある。
「体験することや人と出会うことは、見聞を広げるだけにとどまらず、自らの境界線を超えるきっかけとなり、選択肢を大きく広げる力があると感じます。人との出会いや体験の場が持つ力の大きさを改めて実感しました」

ITプログラムでパソコンの使い方を教える川上
体験活動の価値を伝える課題
━ 理解されにくい体験格差とIT格差
川上は、キャリア教育支援事業に取り組む中で、“なぜ体験活動が必要なのか” が十分に理解されていない現状を感じているという。
「体験活動やIT教育プログラムは、『余暇』や『贅沢』と捉えられがちです。例えば、塾や習い事、旅行なども体験に含まれますが、『なくても困らない』という認識が広くあるように思います。それが、この課題を理解されにくくしているのではないでしょうか」
また、企業に体験活動への支援を求める際には、別の課題に直面する。
「感情だけではなく、『どうしてこれが必要なのか』を数字で示すことが求められます。ただ、体験活動の効果は、テストの点数や合格率のように明確な形で測りにくい部分があります。これが難しい課題です」
それでも、川上は体験活動の重要性を信じている。
━ 体験活動で起こった内面の変化が外側にあふれ出る
川上は、体験活動が子ども達の内面にどれほどの変化をもたらすかを、実際に目にすることで強く感じることができるという。
「子ども達の顔が本当にキラキラと明るくなるんです。ご支援をいただく皆さんに見に来てもらうのはなかなか難しいと思いますが、それを見れば、体験活動の効果が一目瞭然だと思います。僕がどれだけ説明するよりも、その瞬間の表情こそが体験活動の価値を伝える一番の証拠です」
実際に、長く不登校だった中学生の変化は印象的だった。電車に乗ることすら困難だったが、家族の支援を受けて一歩踏み出し、外資系企業の見学に参加。その場で社員と交流し、帰宅したその生徒の表情は達成感と自信に満ち溢れていたという。
「行政の担当者からも『本当に顔が明るくなった』と驚かれるほどでした。内面の変化がそのまま外に溢れ出してくる様子を目の当たりにしました」
その体験をきっかけに、その生徒は新たな挑戦を始めた。英語の勉強を独学で始め、初めは一桁だったテストの点数を英検3級の一次試験合格まで引き上げた。外資系企業で英語を使う社員を見て、“英語ができたらかっこいい” と感じたことが学びへの意欲につながったという。さらに、高校受験を目指すという大きな目標も生まれ、ポジティブな未来への歩みを進めた。
「こうした変化は、一度の体験が引き金になっています。けれど、その効果を定量的に示すことは難しい部分があります。特に、長期的な変化を捉えるためには、追跡調査のような取り組みが必要なのかもしれません。日本ではまだ十分に行われていない分野ですが、長期的な視点で体験活動の効果を示すことで、より多くの人に理解してもらえるようになると思います」
━ 体験活動が子ども達の居場所になるとき
川上が進めているキャリア教育支援プログラムは、ただキャリアやITの知識や体験を提供するだけではない。
「プログラムに参加する生徒達の中には、そのプログラム自体が心のよりどころになっている子もいると感じます。そういう意味では、体験活動が彼らにとって『居場所』になっているんです」
川上自身の原動力には、困っている人の役に立ちたいという思いがある。それは、NPOへの入職を決意した当初から変わらない信念だ。
「直接的ではないかもしれませんが、キャリア教育プログラムを通じてそういった子ども達の力になれていると感じています。子ども達が希望を持ち、豊かに生きるためには、体験を通じて視野を広げ、自分の可能性に気づくことが大切だと思います。まだまだ多くの子ども達にとって、このような場所が必要だと思うので、プログラムの質を高め、これからも提供し続けたいです」
ーーーーーーーーーー
【シリーズインタビュー記事】
- #09 子どもが変化する可能性を奪う体験の貧困
- #08 理解が得られにくい今こそ必要な高校生世代への支援
- #07 子ども達は様々な大人との出会いで成長する
- #06 継続的に活動することが子どものためになる
- #05 子どもの居場所には地域の課題を解決する可能性がある
- #04 英語学習は格差が表れやすい
- #03 準貧困層は行政の支援の網からこぼれ落ちている
- #02 受講生を増やしても、全国に支援はまだ届いていない
- #01 僕は、今の時代こそ居場所が必要だと思う
ーーーーーーーーーー
キッズドアでは最新情報をメールマガジンで配信しています。ぜひご登録ください。