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子どもの貧困

挨拶を教えてもらえなかった子ども達 —— 貧困が奪う「当たり前」の力

現場で出会った挨拶ができない子

学習支援の現場で、目を合わせることも、挨拶することもせず、ただ無言で座る子どもに出会いました。最初は人見知りかと思いましたが、何度会っても変わらず、声をかけても返事がありません。食事中も黙々と食べ、ときには「もっとないの?」と他の子の分を見ながら言うこともあります。


家庭の状況を知って気づいたのは、彼は親から「おはよう」「ありがとう」「ごめんなさい」といった言葉を教えられたことがなく、挨拶や食事のマナー、他者への配慮といった、社会で生きていくうえで不可欠な基本が、家庭で伝えられることなく育ってきたということでした。


実は、私が出会ったこのような子は、決して例外的な存在ではありません。


上智大学の新藤こずえ教授らが2020年に公表した児童養護施設全国調査(2019年3月時点データ)に基づく論文(※1)では、貧困やネグレクト環境から保護された子ども達のおよそ3人にひとり(33.1%)が、入所時に挨拶が「ほとんどできない」「まったくできない」状態であったことが報告されています。


調査対象となった子ども達の多くは、生活保護受給家庭(51.0%)や経済的困難を抱える家庭(34.0%)の出身で、約8割が虐待やネグレクトを経験していました。こうした環境では、挨拶という基本的な社会スキルを学ぶ機会そのものが奪われているのです。

 

なぜ社会スキルが学べない子どもが生まれるのか

その背景には、複合的で重層的な困難が存在しています。

●子どもの貧困と長時間労働
令和5年国民生活基礎調査(※2)では、子どものいる世帯の6割以上が「生活が苦しい」と回答しています。生活困窮世帯の保護者は長時間労働を余儀なくされ、子どもと過ごす時間がほとんど取れません。その結果、挨拶や食事のマナー、人との接し方を教える機会そのものが失われています。


●親自身の困難
さらに深刻なのは、親自身が適切な養育方法を知らない、あるいは精神的に疲弊しきって子どもへの関心を持つ余裕がない状況です。厚生労働省の資料(※3)では、生活困窮世帯において「保護者の関わり方が弱いことにより、子どもの生活面での能力やコミュニケーション能力が身につかない」という課題が指摘されています。親自身が十分な養育を受けずに育ち、「どう子どもに接すればいいのか分からない」という声も少なくありません。


●地域社会のセーフティネットの喪失
かつて地域社会には、親以外の大人が子どもに声をかけ、生活の知恵や社会のルールを伝える機能がありました。しかし現代では地域のつながりが希薄化し、家庭で身につかなかったものを補完する場が失われています。

 

社会性が育まれなかったことがもたらす深刻な影響

社会性が欠如したまま育った子ども達の現状は、想像以上に厳しいものです。

●学校生活での困難
基本的な生活習慣が身についていない子どもは授業に集中できず、学力の低下を招いています。しかし問題は学力だけではありません。「人の話を聞けない」「順番を待てない」「相手の気持ちを想像できない」といった社会性の未発達は、友人関係の構築を困難にし、孤立や不登校につながっています。


●就労・自立への障壁
この影響は長期化し、思春期以降に顕在化します。親から基本的なマナーや人間関係の築き方を学べなかった若者は、面接で挨拶ができず、採用されても職場で人間関係につまずき、短期間で退職を繰り返す例が少なくありません。彼らは「働く意欲がない」わけではありません。しかし、社会が当然と考えている「暗黙のルール」を理解できず、適切な行動を取れないのです。


●支援現場での現実
子ども食堂や居場所支援の現場では、初めて来た子どもが食事の際に手も洗わず、「いただきます」も言わず、食べ物に手を出してしまう姿が見られます。注意しても理解できない表情を見せるのは、それが「いけないこと」だと知らないからです。支援者が根気強く、ひとつひとつ教えることで、少しずつ変化が見られますが、週に一度、数時間の関わりでは限界があります。


しかし、希望もあります。最初に触れた児童養護施設の調査(※1)によると、適切な支援を受けることで子ども達が大きく成長できることも明らかになっています。入所時に挨拶が「ほとんどできない」「まったくできない」状態だった子どもの割合はおよそ3人に1人でしたが、児童養護施設での継続的な支援を通じて、およそ10人に1人にまで減少しました。非常に大きな改善です。


この変化は、生活基盤の安定(衣食住の提供)に加え、職員による一対一のサポート、学校との連携、多様な大人や子どもとの交流機会の提供など、複数の支援を組み合わせて継続的に行った結果です。つまり、家庭で身につけられなかった社会性は、適切な環境と関わりがあれば、後からでも十分に育むことができるのです。
 

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必要な支援と社会への提言

このことは、地域の学習支援や子ども食堂、居場所づくりなど、児童養護施設以外の場でも同様の効果が期待できることを示唆しています。重要なのは、子ども達が安心できる環境で、継続的に大人と関わり、社会性を学ぶ機会を得られることなのです。

●ソーシャルスキルトレーニング(SST)の提供
挨拶の仕方、話の聞き方、感情のコントロール、他者との距離の取り方といった社会性を、ロールプレイや活動を通じて体験的に学べる場の提供が求められます。


●居場所づくりの再定義
子ども食堂や学習支援、居場所づくりは、単なる「食事提供」「学習指導」にとどまらず、「社会性を育む場」として再定義していく必要があります。前出の厚生労働省の資料(※3)でも、こうした居場所での活動が生活習慣の改善や社会性の育成に大きな効果を上げていることが報告されています。大人が日常的に子どもと接し、挨拶を交わし、共に食事をし、話を聞く、そうした何気ない時間の積み重ねこそが、社会性の土台を築いていきます。


●保護者への支援
親自身が疲弊し、子育ての方法が分からないまま孤立している状況を変えなければ、根本的な解決にはなりません。親子で参加できる居場所づくりや、保護者向けの子育て講座、相談窓口の充実が求められます。子どもへの支援と親への支援を両輪で進めることで、家庭内でも社会性を育む環境を整えることが可能になります。


●社会全体で子どもを育てる視点
この問題を「家庭の責任」だけに押し付けず、「社会全体で育てる」という視点を持つことが求められています。日本財団の試算(※4)では、子どもの貧困を放置すると約43兆円もの経済的損失が生じるとされています。このような経済の問題に加え、社会で生きていくための基本を身につけられないまま大人になった若者が、就労困難や生活困窮、さらには次世代への負の連鎖を生み出していくのです。


その連鎖を断ち切るために、いま私たちにできることは何か。それは、すべての子どもが「挨拶ができる」「人と関われる」という当たり前の力を身につけられる社会をつくることです。そのために、行政、NPO、地域住民、企業など、あらゆる主体が連携し、子ども達を包み込む支援のネットワークを構築していくことが、いま最も求められています。

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  • 開催した学習会

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    2024年度の実績

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